渋川一流も大石神影流も流祖は幕末に活躍した人たちです。無双神傳英信流はさかのぼれば、遠く戦国時代までたどれるのでしょうが、大森流を併傳しはじめたのは江戸時代からということですので、やはり江戸人が使った武術です。
その三流派とも、股関節をゆるめ、膝も足首もゆるめることを体の遣い方の基本としています。つまり、江戸人は股関節や膝、足首をゆるめることが普通のことだったのではないかと思います。
現代人のように、膝や腰を伸ばして立つようになったのは明治以後のことのようです。
また江戸までは床で生活することが普通だったのに、今は学校教育でも机に椅子。
腰から下の体の遣い方は、江戸人とは異なって当たり前です。
以前、明治初期の写真を見ました。子供をおぶった状態でしゃがみこんで桶で洗濯をしている少女の写真でした。下駄をはいた足首は、考えられないくらいに曲がっていました。
そのような体を持った人たちが遣った武術をいま私たちは学んでいます。
江戸人が普通に立っていたことを再現しようとすると、股関節をゆるめよ、とか、膝や足首をやわらかく使え、と言われないといけないのだと思います。昔の人たちには当たり前にできたことを意識しないとできないようになっている。
また、ゆるめよといわれても、最初はゆるめる方法が分からず、曲げないといけない。
ゆるめるのと、曲げるのは異なります。
ですが、ゆるみを理解するためには、まず曲げるところから始めないといけないのかもしれません。
曲げると筋力を使うので、平気な顔をして股関節をゆるめ、膝をゆるめている兄弟子に筋肉痛にはならないのか尋ねたことがありました。
兄弟子いわく、最初は曲げていたから筋肉痛が激しかったが、どこが一番力を使わずにゆるめられるポイントかが分かるようになり、しかもそれがだんだん深くゆるめられるようになったので、今は苦しくないという返事でした。普段の生活でも、そのポイントを探し続けたそうです。
先日、師匠と昼食や夕食をご一緒にさせていただきました。その際の師匠の歩みを見ていましたが、稽古の歩みと変わらないものでした。
普段の生活の中で、体の遣い方を学ぶ必要があります。
近頃ようやく床にすべての体重をあずけよという師匠の言葉を体現できるようになった気がしています。これも少しは股関節、膝、足首がゆるんできたからではないかと思っています。おそらく肚で動くという感覚を体現するためにも、体がゆるんでいないとできないものと思います。
日々稽古あるのみです。