横浜講習会

今日は横浜講習会。

師匠が古武道振興会の会議のために上京されているので、横浜での指導を頂けることになり、声をかけてもらえました。以前にもこういう機会があり、師匠の上京の度に指導会をしていただけるのは、地の利を活かしたこととは言え、ちょっぴり羨ましい。

 

始発の電車に乗って、始発の新幹線に乗って、稽古会場到着は9時前。

始発新幹線は混雑していましたが、道中のほとんどを眠っていたので気にならず。

 

これから演武会が続くので、基本的には演武会の形・手数を稽古。

斬撃、初発刀、太刀打、試合口、十手に分童、込入、四留。

 

指導いただく内容は、いつも指摘される同じことばかり。

自分では分かっているつもりでいるのですが、その理解が十分ではなく、指導を頂く度に自分の不出来に気付かされるという塩梅になります。

求めても求めても、まだまだ足りないところだらけ。それでも足りないところを指摘・指導されるごとに、少しずつですが、目が開いていく心地になる。まずこれが楽しい。

自分の心と体のはずなのに、自分の意志どおりに動かない。

それを指導をしてもらうことで、少しずつ心と体を動かせるようになる。

それも意志のチカラで心と体を無理矢理働かせるのではなく、むしろ刀や技のことは体に預けて、心は静かに体の動きをただ観ている。そんな風に感じています。

もちろん何処かで意志のチカラは働かせているはずなのですが、普段の生活での働かせ方とは少し違うのではないかと思います。

そういう不思議な心と体の働きを求められています。これを学ぶのがとても楽しい。

 

論語に「朝に道を聞ききては、夕に死すとも可なり」という文章があります。

これを「道とは何かを知ることができれば、たとえそこに至らない状態ではあっても、嬉しく楽しくてたまらず、仮に中途で倒れることがあっても、学ばずにはおれない」というように私は理解しています。

ちょうど、いまの私の心境ですね。

 

それにしても、改めて考えるとこの不思議な稽古です。 

これは決して格闘技ではない。戦っているのではない。

戦いを連想させる武道というのも少し違う気がしています。

では我々は一体何をしているのでしょう?

 

そんな不思議な活動を、横浜の支部長とご門人、世田谷の支部長にお相手していただきました。いつもどおり、とても気持よく、楽しい稽古ができました。

 

帰りのあざみ野駅でこれまで気づかなかった崎陽軒を発見!

いつも新横浜の駅では大行列で買えなかったので、迷わずシウマイ弁当をゲット。

新幹線の中で必死にメモを取ったあと、お楽しみのお弁当!

…大阪人だからという訳ではありませんが、551の蓬莱のほうが。。。

次回はチャーハン弁当に決めました。